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日々のこと、読書日記、徒然なるままに思うところ

村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読了

年内にある程度、著名な映画や本を読み漁ろうと計画しているのだが、あまりうまくいっていない。
映画は観る分、かっちり時間とればいい話だが、本となると一日で読まず、合間合間で読むようになってしまうため、あまり読み進められない。小説の場合だと、話が途切れてしまうので、惹きこまれにくい。要するに、読書時間をがっつり確保すればいいだけの話なんだけどさ。

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)


ということで村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読み終えたので紹介。
言わずもがなの著名な作品です。
時代背景が終戦直後、その後反体制派が活躍する時代にあったらしい。そういった背景で読みとくと面白いかもね。


あらすじ

主人公ホールデン・コールフィールドは何かにつけて不満や批判を言い、周りの人に適応できないでいた。クリスマス間近、ホールデンは3校目に当たる学校の退学が決定し、衝動的に寮を飛び出す。その後、ニューヨークを放浪する。その間の出来事。


あらすじを書くことが非常に難しい。というのも内容がホールデンが寮を飛び出し、実家に帰るまでの間の話を淡々と語っているからだ。書こうとすると詳細に踏み行ってしまい、話の要点が見えにくくなってしまいそうになる。ホールデンが言う、脱線する話、に似ている。


小説内では、いわゆる思春期の少年を主人公に社会に対してとげとげしている心情を様々な出来事や回想から表現している。主人公の一人称で語られるため、文学的な心理描写はないにしろ、主人公の心の声を通して、ダイレクトに思春期の葛藤が伝わってくる。


読み始めは、ホールデンの何に対しても不平不満を言う態度に辟易したが、読み進めるうちに社会から外されたものの反体制的な背景を理解できるようになり、徐々に惹きこまれていった。また、単純に不平不満を言うのではなく、妹に対して思いやりがあり優しい心遣いをすることや不平不満の中にも自分よがりな点、甘さが垣間見れ、少年の視点から観た世界に対する態度という背景も見受けられた。
今となっては、年が離れてしまったが、読み進みに応じてホールデンと同い年のころに考えていた葛藤がすこしばかり思い浮かんだ。小っ恥ずかしいけれども懐かしい。


小説中で印象的であったのは、やはり妹フィービーに夢を語るシーン、それと西部に行き、森の隣にある小屋でひっそりと暮らすと語るシーン。どちらも、ホールデンの世間に対するこうありたいという考えとあきらめを表してると思う。
ホールデンは世間や汚い大人に対して怒りや不満を抱いている。だからこそ、そういった世界に落ちないように、道を外さないように純粋無垢な子供たちをキャッチする存在になりたいと考えたのだろう。しかし、自身にはそんな力もないし、世間は強大で全てをカバーすることは難しい、いっそのこと独りになってひっそりと暮らしたいという考えになったのだろう。
思春期の少年が世間に対する葛藤と挫折、絶望を描いていると思う。なので非常に印象的。


ホールデンほどまでもいかなくても、誰しも子どもながらに考えるこうありたい、こうすべきだという世間に対する批判や思いを持っていただろう。それがうまくいかないこと、通用しないことだと知ったときもあるだろう。そんな思春期の葛藤がこの小説には描かれている。
詩的でどの点が何を暗喩しているのか、読み解くのは骨が折れるし、正直自分も理解できてないけど、読みながら頭の片隅に思春期の少年の葛藤、挫折を入れて、読むとより起承転結が明瞭になるのだと思う。